2011年06月29日

ipadで読書。

iPad買ってから軽く一年が経つわけだけれども。はっきり言って

なんの用もなしてない。

いや、もちろんけっこうすごい機械だと思う、本当に。Appleすげぇ!!
けど、これってさどうしても

重い。

新型のiPad2はそういう面でかなりすばらしいと思う。あれなら確かに持ち歩ける。
用途にもよるか。音楽系のアプリを使うっていうならそのへんの機材よりよっぽど薄いし軽いしネットもできるし高機能だし。iELLECTRIBEすごかった。
で、自分としては特にそんな目的もなく欲しいから買ったみたいなとこがある。今考えるとなんで買ったんだろうって本気で思う。売るタイミングも逃したし。今売っても安い。iPad2め。

それでもゲームだったり音楽系のアプリだったりいろいろ活用してきたけれど、最近は仕事の関係もあって電子書籍に興味が出てきた。仕事としてはあんまり楽しくない。先が見えなすぎる。それにうちの会社がっつりやるってかんじじゃないしな。
それでスキャナ買っちゃった。これがまた高いのね。

FUJITSU ScanSnap S1500 FI-S1500

その高級スキャナを使って家に溜まってた本をどんどん捨てれたんだけど。150冊くらい電子化してやった。
本棚掘り返すとこれはもう二度と読まないなって本ばっかでちょっとだけがっかりしたけど、目指すは全部電子化しちゃうこと。でも、あと残ってるのは面白かった本ばかり。思い出に残るものをずたずたにするっていうのもなんかねー。一番困るのが卒論の関係で集めた村上春樹の本。
文庫本から単行本、雑誌みたいなもんまでいろいろ集めてその数50冊超。ホントに全部読んだんかね。

スキャンして電子書籍化したものはかなり良好!!結局iPadじゃなくてスマートフォンで読んじゃったけど。かなり読める。
これからはなるべく電子書籍を買おう。早くジャンプが電子書籍化してくれれば溜まらなくていいのに。今日もジャンプ捨てるの忘れた・・・
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2011年05月26日

モンテ・クリスト伯。

モンテ・クリスト伯を読んだ。全7巻のフルバージョンなのかな、おそらく。少年向けの小説で岩窟王ってタイトルでも出ている。
少年向けの方はかなり簡略化されているらしいけど、面白いらしい。実際フルバージョンも面白い。全7巻だけどぐいぐい読んだ。

なにが面白いって登場人物がみんな欲望丸出し。主人公のモンテ・クリスト伯爵や、ダングラール、フェルナンなどの主だったメンバーはもちろん、その他のサブメンバーも欲望丸出し。しかもそれにけっこう素直に従うところがまた痛快。
そんなことを可能にさせる貴族の力がすごい平気で100万フラン出すとか言っちゃう。1フランを20円くらいだとすると、2000万か。貴族ってまだいるんだろうか。見てみたい。
うわべでは形式ばって上品にしながらも、腹のそこは違うこと考えてる。その辺は現代と同じかー。
そう、モンテ・クリスト伯の時代背景だけ変えてそのままの設定でやったらきっとおもしろいんだろーな。

一番好きなのは誰だ、やっぱモンテ・クリスト伯爵か。この小説はモンテ・クリスト伯爵しか一般にいうようなかっこいい人間がいない気がする。みんなどこかしら負い目を持ってたり、あんまり社会的にはよくないことを貴族だから、とか習慣だからって平気でやっとるし。でも優雅に暮らしてる。

当時は貴族とその他でこんなにも違ったんだろうか?

少し前に読んだ二都物語(ディケンズ)では時代背景は40年くらい違うのか、ものすごい食べるのに困ってたよ、パリ。しかも貴族なんてくそくらえでギロチン大活躍な時代だったのに。40年経つだけでまた貴族が出てきて、みたいな感じに思える。なぜかって、モンテ・クリスト伯には平民は2,3人しか出てこん。
それが当時大うけしたのが今に伝わってる理由だっていうんだから、時間の力っつーのはすごいね。

「待て、しかして希望せよ」ってモンテ・クリスト伯爵が言ってました。うん、深い。
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2011年04月24日

メアリー&マックス。

今日は映画を見に行った。何も調べずに面白そうだったから、という理由でクレイアニメのメアリー&マックスっていう映画を見てみた。

クレイアニメってすごい。何しろ1日かけて4秒撮るのがやっとっていうんだから、この一時間半の映画を作るの4年ぐらいかかってるそう。
粘土だから心温まる感じなのかなと思ってみていると、まったく違う展開。最初の十分はクレイアニメの世界に感動して、後は少し後悔。最後はなんだかすごく悲しくなって終わりました。

すごい考えさせられることが一つあった。ホントに人によって生き方というか、時間の使い方というのは様々なんだってこと。
今までも多少はそういう考えを持ってたけど、こんなマックスみたいな人がいるなんて想像も出来なかった。でも実際の話を元にしているというから、世の中にはこういう人がけっこういるんだろう。
そう考えると、他人に自分の考えを押し付けることって絶対にやっちゃいけないことだ。アドバイスっていう形ならいいんだろうけど、押し付けだけは絶対にいけない。そういうのをものすごく辛く感じる人は世の中にいる。

もう一度みたいと思う。あれは悲しいエンディングじゃなくて、絶対ハッピーエンディングだ。そういう終わり方って万人共通じゃないかもしれないけど、そういう感じ方もあっていいんだと思う。DVDがほしくなりました。
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2010年07月06日

ロスト•シンボル。

ロスト・シンボルを読みました。ダンブラウンの小説のシリーズ物です。

これの一作目が有名なダ・ヴィンチコードですね。モナリザの絵に隠された秘密のお話ですね。
こういう推理物はあんまり読まないんですが、ダ・ヴィンチコードを読んでしまったのでこれも読んじゃいました。

宗教的なお話とかがすごいおもしろいですね。そういう事にけっこう興味があるんですが、どこの宗教もやっぱり基本的には同じ事言ってるんだなーというのが感想です。
これを読むと、確かに納得させられる事は多い様に感じます。というか、そういうふうに考えるのが平和だと思います。

そういう話は置いといて、このロスト・シンボルのお話自体はなんとも言えないです。あそこまでひっぱって置いて秘密がいつものあれかーと思うと、結末を知ってたら読んでないように思います。フリーメイソンの話は面白かったですが。


このシリーズで一番おもしろかったのは天使と悪魔かなー。あれは最後まで一気に読むくらい引き込まれた覚えがある。結末もすごい。
でもシリーズ物を一冊だけ読むって訳にもいかないし、難しいところですね。

まぁまぁおもしろかった。買うのはオススメしないけど笑
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2010年05月13日

RENT。

めっちゃいいミュージカル映画がある。けっこう前の映画だけど、「RENT」。

RENTっていうのはいろんな意味があるけど(知らないけど)、この映画では「家賃」っていう意味で使われてる。主人公たちが住んでるのがニューヨークの貧民街みたいなところでそこの家賃が払えないっていうことだ。

すごくくだらない感じだけど、それには裏の意味がある。


「すべては神様に借りたもの」


すごくアメリカっぽい考え方。キリスト教って感じです。
1990年ごろの芸術で身を立てたいとか、自由に生きたいって人たちを捉えてる映画。ほかにもエイズ、クスリ、同性愛など重いテーマがてんこもり。こう書くとすごい暗い映画みたいに思えるけど、実際はすごく明るい。

なんでもいいじゃん生きてればーとりあえず生きてるんだからみんなで笑って騒いで楽しく生きていこう!エイズにも同性愛にもクスリにも乾杯!みんなで助けあっていればなんでもできる!!

っていうすごいポジティブさ。なんでも歌って騒いで、吹き飛ばしちゃう。やっぱりこういう陽気さが日本人にはないなー明日のこと考えちゃうからなー。
すごいと思うところはいっぱいあるけど印象深いのは、エイズ患者が集まる会である男性が言ったこと。

「この前検査に行ったらまたエイズが進んでた。だけど気分はいい。ニューヨークの町の怖さに比べたらまだマシさ」

みたいな。普通というか日本の人はなかなかこういうふうには言えないと思う。自暴自棄になる人が多そう。
そんなユーモアにあふれた、でもいろんな問題を正面から見据える映画です。そしてなんて言っても曲がいい。「Season of Love」って曲は久しぶりにキタ。これは忘れられない曲になりそう。

題名聞くと甘ったるい曲に聞こえるけどそうじゃなくて、一年という月日を分に直したら50万分くらいだけどあなたはどういう基準でその一年を測る?って曲。
日本の曲だとすごいうそ臭い感じで絶対愛しかないよみたいなニュアンスになるけど、「Season of Love」はあくまで愛とかどう?みたいな軽い感じ。こういうスタンスがいいよねー。
押し付けは誰だって嫌いだ。それをまるで洗脳するみたいに何度もそういうテーマで歌う人たちはなんなんだろう。


押し付けは誰だって嫌いだ。と僕は思うわけですがみなさんはどうなんでしょう。「RENT」は何にも押し付けない映画です。
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2010年05月01日

ギリシャ神話。

いや、誰かに影響されたとかじゃなくてギリシャ神話は好きです。決して影響されたわけじゃないです。
ギリシャ神話好きとかいうと、濃い方々に出会ったときに対処できないことがあるからあんまり言いたくありません。そういう方々の熱意にはすごく驚かされる。なんというか知的好奇心を越えた興味というか、擬人化への熱い思い、というかなんというか。ホントにそこまで好きになれるってすごいと思います。

ギリシャ神話のはなにをすごいと思うか。
個人的には誰もが知ってるものの元ネタを辿っていくとたどり着くことが多いことかな。ヴィーナスなんていうのはありふれたネーミングだし、欧米でよくある名前、たとえばドイツなんかだと(数少ない大学で得たとても少ないドイツ語の知識)フラウとかいう名前はギリシア神話の女神が語源だそうです。キューピッド、ゼウス、怪物系もいっぱい。
ふと気になる名前があったら調べてみたらギリシア神話の神様の名前が由来だったっていうのは結構あります。Wikiとかで調べてみよう。

最近ギリシア神話が題材の映画が公開されてますね。ぴーたーじゃくそんとオリンポスの神々的なやつとか、今やってるのだとタイタンの戦いとか。あえて見ようとは思いませんが、あれをきっかけにギリシア神話読んでみるといいと思う。
はっきり読み物的な価値がそんなにあるとは思えませんが、知識の蓄積としては知ってても損はないと思います。大して役に立つとも思えませんがー

神話っていうもので一番不思議に思うのは、世界の始まりの話。これはどんな神話でも世界共通でカオスとか混沌から始まるって話です。それは日本の神話でもそう。なんでそんなに共通するんだろう。
しかも一貫した作者がいないっていうのも面白い。ある話が大元にあってそれを元に想像して付け足して、っていうのを繰り返して今の神話の形がある。それって最近流行のインターネットとか、オープンソースソフトウェアとかまったく同じ話ですね。

LinuxとかFireFox、学生におなじみのもので言うとOpenOfficeとかは全部オープンソース。成り立ちとしては神話と同じってことになる。
今の小説は歴史的な名作がなくて、それが出版業界不振の一つの原因だとかいうけれど神話の拡大性とかオープンソースソフトの世界的な広まりとか、インターネットにおけるブログとかSNSの流行を全部して加味して考えると、著作権的なものがすべてを邪魔してるんじゃないかと思う。

神話にしてもオープンソースにしてもお金のことはまったく考えられないで作られた。ネットの世界が広まった今では文章で何かを表現したい人が数え切れないくらいたくさんいることもわかった(それは正に玉石混交ってやつだけど)。
じゃあなんでいい小説、今現在古典って言われているような小説に匹敵するものが生まれないんだろう。

それは既得権益を守り自分のことしか考えていない出版社ばかりだからじゃないだろうか。少なくとも今の時点でいかにいい小説を発掘するかを考えてる出版社より、いかに倒産しないかを考えてる出版社のが間違いなく多い。
あと10年くらいしたら電子化書籍市場が安定して、出版業界も落ち着くんだろうか。どっちにしても早く落ち着いて本業に集中してほしい。インターネットを使って探せば文章書く人なんていくらでもいるんだし。


なんの話だっけ。まーいいか。
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2010年03月13日

サイダーハウス・ルール。

歯が痛い。世間一般で虫歯って呼ばれるものを何本抱えてるだろうか。たぶんガチで十本くらいあるだろう。ホント歯医者行かなきゃなーでもあの雰囲気が苦手。変に清潔な所とか歯医者さんのあのマスクとか。あんまりいい歯医者さんにかかったことないのかもしれないけど、麻酔がずっと残る感じとか嫌い。受付のお姉さんは好き。

一言で医者って言ってもいろんな種類のお医者さんがいる。内科、外科ぐらいしかわかんないけど、もっと細かい分類があるんだろう。高給だし勝ち組なんて言われることが多いけど、苦労もその分多いんだろうな。日本の現代のお医者さんっていうとまぁあんまり知らないんですが、「チーム・バチスタの栄光」とかに出てくるお医者さんを思い出します。かっこいい感じの。あの小説に出てくる人はちょっと残念な人も混じってますが。
医者っていうワードで、一番強く思い浮かぶのはジョン・アーヴィングの「サイダーハウス・ルール」っていう小説に出てくるラーチ先生。アーヴィングの小説は毎回テーマがものすごくわかりやすくていいんですが、今回は堕胎、望まれない妊娠の話。


セント・クラウズっていう畑もなくて人も住んでない、ただ鉄道の駅があるだけの何もないど田舎の孤児院に赴任しているDr.ラーチ。彼は堕胎にしろ出産にしろ、孤児院を訪れてくる「望まれない妊娠」をした女性たちを一人の例外もなく受け入れていきます。そしてある一人の孤児に仕事を手伝わせることになる。しかしその少年は孤児院を出ていくことを望み、出て行ってしまう。

そんな感じのお話です。何に感じ入ったかというと、このDr.ラーチの自己犠牲精神。彼は昔病院で受け入れを拒否した女性を死なしてしまったというトラウマを持ち(いろいろな複雑な事情がありますが簡潔に)、それを気に都会の病院を離れ孤児院に赴任することを自ら望み赴任します。そこで彼は自身の人生の最後の時まで過ごす事になります。

彼のすごいと思うことはその揺るぐことがない精神。孤児院という施設はかなり特殊なものだと思います。その施設を医者として外部から訪れる女性を診察しながら切り盛りし、最後の最後まで孤児院を閉鎖するという選択肢を考慮することもなかった。自分のしていることに対して、一片の迷いもなかったということです。ある意味では頑固と言えるかもしれませんが、そこまでまっすぐな(物語上ではちょっと語弊があるかもしれませんが)人はなかなかいません。

「堕胎を非合法にするということは、世の中の女性に対する暴力を肯定することだ。」

引用ではありませんが、こういった趣旨のことが物語の中で述べられていました。確かに堕胎というのは非合法だった当時からすれば、忌むべきことであり無論、法律というのは遵守してしかるべきです。しかしそのような世間的には正しいと思われるような意見も、違う側面から見ると違うのではないかということです。たとえそれが法律に反していることだとしても、Dr.ラーチはそれを自分の信念として生涯守り通した。
作中ではそこまでDr.ラーチの考えを描く場面は出てきませんが、考えてみるとそれはすごいことです。誰にでもできることじゃない。


全部で1000ページくらいの大作で読みづらいと思う箇所もありましたが、見所がとても多くすらすら読むことが出来ました。やっぱりアーヴィングの小説は面白い。でも今の所は「オウエンのために祈りを」が一番面白かったかな。「ホテル・ニューハンプシャー」も好きだけど。
「サイダーハウス・ルール」、ぜひ映画も見てみよう。
posted by okokokok at 20:52| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

ウォッチメン。

映画を見るのは昔から好き。そんな積極的に見てきたわけじゃないけど。テレビでやってる映画とかはよく見る。そんな中でもこれは本当につまらんと思うのはけっこう多くある。だいたいはつまんないからあんまり覚えてもいないけど、今回は本当に面白くない映画を見た。


適当にレンタルビデオ屋さんで気になる映画を選んでは借りている中に、すごいのがあった。その名も「ウォッチメン」。これはやばい。
ストーリーは1970年くらい、ニクソンが大統領のアメリカでの話。

ニクソンが大統領になるまではスーパーヒーロー(笑)、例えばバットマンとかスパイダーマンとか、が合法で活躍していた時代だった。しかし今では法律で禁止されてしまった。しかしそんなある日、かつてのスーパーヒーローの一人が無残に殺されてしまう。それがきっかけになり「スーパーヒーロー狩り」が始まる。かつてのスーパーヒーローはどのように立ち向かうのか。そして犯人は誰か。どのような目的で立ち向かうのだろうか・・・

みたいなやつ。最初このあらすじを読んで、アメコミのヒーローがいっぱい出るのかなーそれだったら楽しそうだなーと思って借りたけど、全部オリジナルだった。そこまずがっかり。
だけど、これの面白くない部分はそこが原因じゃない。それはストーリーとキャラ設定にある。まずストーリー。最初は「スーパーヒーロー殺し事件」を追うっていうのがあるからいいけど、途中からわけわかんなくなる。なんか地球が滅びそうになる。でもなんでそうなるかはよくわかんない。理屈はわかるけど理由がわからない。動機がない。
キャラもやばい。スーパーヒーローの一人に神様みたいになんでもできるやつがいる。それで世界創造の話になったり宇宙に行ってみたりする。あと他のヒーローたちの実力差がすごい。めっちゃ強いやつもいるけど、基本的にみんな弱い。でもとりあえず最強なのはその神様みたいなやつ。

全部で三時間くらいだったけど、家で見た映画で早く終わんないかなー飛ばしちゃおうかなーと思いながら見たのはこれが初めて。いや、本当につまんなかった。これに比べたらだいたいの映画は面白いと思う。


一生忘れないかな、この映画。つまんなすぎて。
posted by okokokok at 00:54| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月06日

「スラムドッグ$ミリオネア」。

暑くなったり寒くなったりいろいろ大変ですね。雨が降ってるし。湿気がすごいのは楽器にとっても良くない。おかげで5弦のネックが反りまくり。しかも一方向じゃなくていろんな方向にっぽい。一回調整に出さなきゃ。ホントは1弦の19フレットがデッドポイントって時点で出さなきゃだったんだけど。


「スラムドッグ$ミリオネア」って映画を見ました。今さら感が強いですが面白かった。波乱万丈な人生っていうかすごいフィクション感は強かったけど、インド人の方には共感できる内容なんだろうか。
ストーリーよりも構成がよかった。現在と過去を行き来して、なにがあったか視聴者にわかりやすく伝える。それにしてもあの主演の女の人はきれいだったなー。テーマもわかりやすかった。貧困と兄弟愛と男女間の愛。こうして書き出すと詰め込みすぎな気もするけど、すっきりしててわかりやすく見れました。
あとインド映画の定番と言えば、やっぱりエンディングでみんなで踊るやつ。何の脈絡もなくいきなりみんなで踊りだすからかなり笑えます。


次はミュージカル見よう。
posted by okokokok at 11:11| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

「最終目的地」。

最近あんまり本を読んでない。けど、なんか意識しないうちに一冊読み終わった。ピーター・キャメロンの「最終目的地」という本。

3000円くらいの本で普段だったら手にとって立ち読みくらいで済ませる。お金ないから。おもしろそうだからって買ったハードカバーはあとは「百年の孤独」くらい。
卒論のことで朝日新聞で書評を書いていらっしゃる大学の先生とお話しているときにおすすめの本ありますか、と聞いたときに教えていただいた。「も〜すごいいい本ですよ〜みんなの最終目的地ってこういうことだったのか〜ってすごい感動しましたよ〜」とすごい勧められたので、父の日の贈り物にした。父が読み終わった後に貸してもらって読んだ。


さらっと読めてしまった感じで読後感は爽快だった。舞台は南米のウルグアイ。そこに死んだ作家の妻と愛人、その作家のゲイの兄が住んでいる。そこにアメリカの大学生が作家の伝記を書きたいという依頼を送る。それぞれの立場がありながらも全員一致で伝記を公認しないと返事を送る。それを聞いた大学生は・・・という話。
題名にもあるようにこの小説で大事なのはそれぞれの立場の違い、「最終目的地」。見知らぬ人との交流を通して、停滞していた時間を歩み出していく。

この主人公は基本的にダメ人間。流されるままに生きて、言われたことをやって。そんな主人公にとても感情移入できる。伝記公認を断られたら諦めようとするし、あまりいい意味ではなく考えずに行動する。しかしアメリカという都会的で時間の流れが速いような環境から、ウルグアイの時間の流れが止まっている環境に身を置くことで主人公は周りを巻き込みながら変わっていく。今自分のしようとしていることに疑問を持ち、周りの人と積極的に話をしようとする。
ここで大きな転機になったのはこの手の小説には珍しく、精神的な変化ではないように思った。この主人公にとっての転機は蜂に刺されて意識を失ったことだろう。
主人公が時間が止まっている空間に飛び込み、変化が起ころうとしていたところに生死の境をさまようような怪我をするという事件を引き起こす。その事件でもっと大きな変化(主人公の恋人のウルグアイ入国)を呼び起こし、停滞していた時間は更に加速していく。「蜂に刺される」ということが物語を急速に展開させていくことは他の小説には見られないし、とても面白い。

他にもウルグアイの情景描写、心理状態を投影したような描写はとても心を惹かれるものがあった。しかし、物語的に最後の部分は正直拍子抜けな感じではあった。ハッピーエンドはとてもいいことだとは思うが途中から話の展開が読めてしまい少しがっかり。
でもタイトルの「最終目的地」がこういうことだったのか、と思うといい小説だったと思う。一番心に残ったのはウルグアイという国の光景だった。いつか行ってみたい、と思わせる素敵なイメージだった。
最終目的地.jpg

posted by okokokok at 00:20| ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月21日

枯木灘。

子供の頃、10年位前ですね、なんとなくお母さんに自分が生まれたときの話を聞いたことがありました。暑い日で母、姉、自分、弟の4人でエアコンをかけて部屋に閉じこもってテレビを見ていました。自分が生まれた日の前日の就寝前、母は腹痛を訴え病院に入ったそう。もう自分で3人目だったので落ち着いてはいたけれど、時間がかかるわかかるわ、無事生まれたのは翌日(誕生日)の朝方6時過ぎだったそうです。それをうんうん、肯いて聞いていたら、姉がふざけて、

「あれーこいつは多摩川で拾ってきたんじゃなかったっけ?」
と言い、母もそれに答えて、

「そうそう、あれは雨の日でねー橋の下にダンボールが捨ててあってそれを拾ったのよー」

とか言います。それまで自分の出生の話を聞いて肯いていたにも関わらず、号泣。やっぱ自分の生まれって大事なんですよね。今でもそれを強く覚えてるってことはやっぱ相当ショックが強かったってことだろうし。
もし自分の生まれがよくわからなかったら?本当の両親は別にいたりしたら?不安になりますね。


中上健次さんの「枯木灘」を読みました。これは「岬」という作品の続編的な役回りらしいですが、まだ読んでません。中上健次さんは戦後生まれ初の芥川賞を受賞していて、ある意味では戦後生まれとして初めていわゆる文壇に立った方です。1992年に亡くなりましたが、生きていれば村上春樹さんと同年代。ちょっと上くらいですが。学生運動は学生じゃないので経験してませんね。ジャズに熱中していたとこなどは無理やり共通点として挙げられますが。

どこぞでガルシア・マルケスの「百年の孤独」に影響されている、という情報を得て興味を持った作品ですが、影響どころか取り込んでいる自分のモノにしている点がすごい。なにかに「影響されている」作品と言うと、あぁここが影響されてんね、という感じで冷めた印象を抱いていたんですが、これは違う。被差別部落というバックグラウンドを持っている作者しか書けないです。

路地という和歌山のある場所で生活する人々を描いたもので、主人公である秋幸の苦悩が全編に渡って描かれます。「百年の孤独」もそうでしたが、血縁関係がやたらと複雑です。秋幸の実の母と義理の父と実父と、義理の父の兄弟の子供、実の母の種違いの娘たち、実父が他の女に産ませた兄弟たち。総勢30人以上いますね。で、同じように血族だから名前もけっこう似てくる。「百年の孤独」ほどじゃないですが。

そのように入り組んだ人物関係の中で秋幸は自分に流れる血に悩まされます。いろいろな意味での本当の父は誰なのか、誰が兄弟なのか。狭い路地という特殊な環境で育った秋幸は自分の出自に翻弄される。
この秋幸の実父が何を意味するのか、すごい。「蝿の王」と呼ばれ、出身も分からず、正体不明。気づいたら路地に入り込んでいて、同時に3人の女を孕ませる。そして入所し、出てくると、犯罪に近いグレーな行為を繰りかえして成り上がっていきます。そして自分の祖先は浜村孫一という立派な武将とでっち上げる。血も涙もない人として描かれていますが、結局正体は分からずじまいで終わります。
しかし、成り上がってから別の土地を買い、子供たちに分け与える考えを持っている所なんかは妙に子供思いです。その割には秋幸を振り回すようなことばかりする。いったい何を意図しているのか、続編で明らかになるんでしょうか。

あと「百年の孤独」的な血は争えないというか、親と同じことばかりはするまい、と思っていてもふとした拍子で同じような状態になってしまう、という「神話的」な繰り返しはすごく面白かった。秋幸は実父のことを憎んでいますが、過程こそ違えど、最終的には父とおなじことをしてしまう。風景描写もとても独特。この景色が綺麗とかこの時の太陽が綺麗、じゃなくて、その風景と一体化してしまいそれが秋幸にとっては気持ちいい。


うーん、長編の読書感想文って難しい。もっと面白い部分をピンポイントで書こうかな。
posted by okokokok at 23:27| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

桜の森の満開の下。

今日もじめじめでいやですね。湿気が満ち溢れている。もう。雨が降ってるとバスに乗らなきゃいけないからめんどくさいです。川崎市バスは時間通りに来ない。うちの近くは台数が多いからまだいいけれど、3台まとめて来たような時はまじF○○Kです。
川崎市バスで思い出したけれど、バスの運転手さんもピンキリですね。運転がめちゃくちゃ荒い人もいれば丁寧な人もいる。この前たまたま万札しか持ってなかったら「んーじゃぁ乗っていいよ」って言ってただで乗せてくれた人がいる一方、「バスカードください」って言ったら舌打ちする人もいる。まー大変なお仕事だとは思いますが、舌打ちはないね。びっくりしました。

昨日に続いて坂口安吾の「桜の森の満開の下」って短編小説を読みました。今までの深い人間観察とはうってかわって、童話とか昔話のような語り口。今日、学校の授業でこれに関する発表があったんですが、自分の読み方と全く違いましたね。あらすじとしては

「昔々、ある山に桜の森がありました。不思議なもので、この森は満開になると人を惑わせるのです。そこにある一人の山賊が住み着きました。近くの山道を通る旅人を襲っては食べ物や女を奪い、自分の物にし、普段は動物を狩って暮らしていました。ある日、いつものように旅人を襲おうとすると、今までに見たことがないくらい美しい女を見つけました。そこで山賊はその女を8人目の妻として迎えるのですが・・・その女はわがままに暮らし、元いた6人の妻を山賊に殺させ、さらに都に移るように差し向けたのです。しかし、山賊は桜の森が気になります。今年こそはあの『桜の森の満開の下』の正体を見破ろうとしたのですが、女にはばかられ都に移り住みます。都に移り住んで数年経った頃、女は山賊に盗みを働かせ着飾り、盗みに入った家の住人の首を刈り取らせて、その首で遊ぶようになっていました。一方山賊は、都での暮らしに飽き飽きし、山に戻る決心をします。それに女もついてくるにことなり、山に帰る途中、『桜の森の満開の下』を通ることになりました。そこで山賊は、背中にいる女が突然、全身紫色の鬼婆になったことに気づきます。取り乱した山賊は勢いに任せてその鬼を絞め殺してしまいますが、ふと気づいてその鬼を見ると、それは元のままの女でした。悲嘆にくれた山賊はその『桜の森の満開の下』でそのまま吸い込まれるように姿を消してしまうのでした。」

というものなんですが、自分は最初からこの女を鬼とかその類だと思って読んだんですね。途中の山賊との会話がもろに

山賊「そんなに疲れさせてどうするんだい?」
女「それはね、お前を(ry」

みたいな感じだったのと、首で遊ぶ描写が明らかに常軌を逸しているのと、山賊と女の出会いの場面の描写からですね。で、その鬼を殺してしまう山賊も人じゃないんだ、と思いました。今までにそういう鬼が出てくるとか言う話では、その鬼に殺されないまでも、なんとか逃げおおせるというのが定石だったので。その鬼を殺した後に消えてしまうって所も人じゃないな、と感じました。
しかし、今日の発表ではわがままな女と世間知らずの山賊で、お互いに人間嫌いで孤独という共通点を持っている、というようなお話でした。わがままな女の描写、ということで議論が持ち上がってましたが、へーという感じで聞いてました。なんにしてもそんな読み方は全く出来なかったので驚きです。


ここまで読書の感想が人と違うことは初めてだったので驚きです。うん。やっぱり主観と主観のぶつかりあいは難しい。
posted by okokokok at 22:58| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

坂口安吾「女体」。

大学受験、懐かしいですね。あの頃はよかった・・・一般入試のために勉強してました。一日10時間以上してましたね。朝6時に起きて7時に学校着いて教室で勉強して、授業中も先生無視して勉強して、授業終わってからも勉強して、家帰って勉強して寝て、また起きてって繰り返しでした。苦に感じることはなくて、すごい楽しんでやってました。基本的に知識を得るのは好きなんですね。
なんにしても今じゃ考えられない生活でした。今はもう色んな縛りがあってそんな生活できません。一つのことに熱中できる環境は素晴らしい。

そんな中で現代文のお勉強をしている時に、文学史ってもんがありました。現代文自体、解く方法を学ぶだけでそんなに勉強しなかったんですが、文学史は覚えづらくて苦労した覚えがあります。そのおかげなのか、今でも有名な作家とその代表作だけはよく覚えてるんですね。で、名前だけ知ってるのも浅いな、と思ってその頃に覚えたものはなるべく読むようにしています。
今でも継続して色々呼んでますが、大学入試の問題になるようなポピュラーなものなので、はずれは少ないです。でも時代が古いものばかりなので、そういう意味では難しいかもしれません。当時は当たりまえでみんな知ってるようなことでも調べなきゃわかんないことが結構あったりします。

そんなこんなで今回は坂口安吾の「女体」っていう短編小説を読んでみました。坂口安吾は20世紀始め、明治から昭和の人物で、戦前、戦中、戦後と生きた人物ですね。代表作は「堕落論」「白痴」とかです。
「白痴」も読みました。今じゃ白痴って言葉自体使わないのでそこを調べることからです。辞書に拠ると「重度の精神遅滞」のことです。坂口安吾の他の小説を読んでみてもこの白痴という言葉は出てきます。そこでは人間の理性とか理知、誇りとかいうものの対比として出てきているような感じですね。いわば本能とかと同義なのかな。さらっと読んだだけですが「白痴」はなかなか深いテーマに突っ込んでました。「人間とはなにか」みたいな。それに白痴と戦争と女と社会と芸術とって感じで盛りだくさんです。シリアス。
それに比べて「風博士」のようなおもしろい作品も書いているのが、興味深いですね。昔は自称美青年の風博士と若い頃からカツラをつけてる蛸博士の争い。

岩波文庫を読んだんですが、その中で一番印象に残るのが「女体」です。女性の心理を深い所まで男性の視点で考えている短編小説ですが、女の人の性質と男の考えすぎは昔から変わらないんだ、と思いました。自分自身、この小説の主人公と同じように考える部分があります。というか、世の中の大部分の男はあーそーだよねーと思うのではないでしょうか。普段女の人に対して抱いてる不信感、というか、理解できない点を作者なりに分析して書いています。引用。
「・・・一つの肉体に別々の本能が棲み、別々のいのちが宿り、各々の施行と欲求を旺盛に盲目的に営んでいるのであろう。」
以下にもなるほど、と思わせる文章が続きますが、概ね理解できます。いつでもそうだ、という訳ではありませんが、女性にはそういう時があると思います。

女性の視点から読んだ時の感想を聞きたい、と思う作品でした。人間の心理のお勉強とかしたいなら是非。恋愛のお勉強にもなると思います。うん。
posted by okokokok at 22:57| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

家守奇譚。

やもりっていますよね。あのとかげみたいなやつ。たまにうちにもいるんですが、かわいいやつです。触っても逃げないし、なんかひとなつっこい。それで気がついたらいなくなってるちっちゃいやつなんですが、この梨木果歩さんの「家守奇譚」って小説の中では家守って書いてやもりです。なるほど。

この小説、面白いですね。意図的に年代とか場所は書かれてないんですが、たぶん明治時代くらい。綿貫征四郎という物書きの日記、という形で日常が綴られます。死んだ友人の家に引っ越して管理することになってから、サルスベリに惚れられたり、河童が出てきたり、小鬼が出てきたり、狸に化かされたりとすごいファンタジーなんですが、それを当たり前のように受け止めているその時代の人々と綿貫の間の抜けた感じがシュールで、思わずにやけてしまいます。
この主人公の綿貫くんがとてもいいやつなんですね。物書きなのに、世間のことはあんまり知らなくて、いつも周りに流されてしまいます。でも自分の中に一本芯があるんですね。だから何が起きても泰然自若として生きていきます。誇りがあるというか、揺るがない自分があるというか。そういう人がやっぱる好きです。多少世の中の決まりとかからずれている人でも、信念とか生き方に芯がない人よりは立派に思えちゃうんですね。綿貫くんも文章を一生書くと決めて、定職にはついていないし、いつも貧乏しています。でも誇り、というか信念がある。いいですね。


川上弘美さんの小説をちょっと思い出します。小野不由美さんのとか。でもあそこまで奇怪でぞくぞくするような感じではなくて、もっとわかりやすくて、すっと入ってくるファンタジー。短編小説がいっぱい繋がってて一個の長編になってる感じです。その意味でも読みやすいし、マイナスなイメージがなくて、とても温かい小説でした。
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2009年06月23日

ねじまき鳥クロニクル。

卒論のテーマが村上春樹さんの「ねじまき鳥クロニクル」の評論を書くことです。文学部の文芸専修という所に所属しているので、卒論のテーマも文学に関してじゃなきゃダメなんですね。小説を書いても卒業できるんですが、10万字とかわりと半端ないので、やめました。短編小説ならまだ書ける気がしますが、長編はちょっと無理ですね。構想はあるんですが。時間がありません。

村上春樹ばっかりじゃないか、という話ですが、元々大学に入ってから「海辺のカフカ」を読んで好きになったんです。それからというもの、本をたくさん集めてほとんど読みました。一番好きなのは「スプートニクの恋人」。マニアックかもしれないけど、一番好きです。
で、なんでねじまき鳥なんだっていうと、単純に書きやすそうだったからです。ハードカバーでも文庫でも3冊に分かれている本でページ数にすると1000ページ越えるのかな。内容も普通に読む分にはとても面白く読めるし、感動するし、自分のことについて深く考えさせられる内容でとてもおすすめです。


ということで「百年の孤独」も読み終わったし、そろそろ卒論に取り掛かってます。やり方はまずテキストを読み進めて、気になる所、自分の考えることを整理して書いていきます。今日始めて、100ページくらい進みましたが、かなり複雑で大変です。深読みしようとすればどこまでも深読みできるんですが、例えば猫の話ですね。

最初の部分で猫が失踪するんですが、主人公の妻クミコは猫のことを「わかってほしいんだけど、あの猫は私にとっては大切な象徴なのよ。だから私はあの猫を失うわけにはいかないの」と言うんです。そして後々にクミコは「損なわれて」しまい、僕の前から消えてしまう。その妻と入れ替わりに猫が出てくるんですね。
なにも起こらずに平和に暮らしてる頃は妻と猫は一緒に暮らしてたわけです。一緒にいる時は損なわれていない=一緒にいない時は損なわれるということになり、二人で一つ、表裏一体みたいなものです。で、妻が失踪すると同時に猫が帰ってくる。そこと上記の引用を踏まえると、猫は妻の損なわれる前の姿=正常な姿の象徴、と考えることができるんです。
それはそれでいいんですが、猫の名前が僕から妻を奪っていく、ワタヤノボルっていう名前がついてるんです。猫=妻の正常な姿の象徴=ワタヤノボル、ということを考えると、こんがらがってきます。じゃぁ、猫が失踪したことはワタヤノボル的にはどういう意味があるのか、上の=が成り立つならワタヤノボル=妻の正常な姿なんだけど、それはどういう意味なのか、とかね。


こうやって書くと難しい小説みたいですが、すごくいい小説ですよ。きっと文学史に残る作品です。ぜひ読んでください。
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2009年06月19日

「百年の孤独」。

この「百年の孤独」はG・ガルシア・マルケスというコロンビアの作家でノーベル文学賞を受章した人の本なんです。うーんと、かなり有名な作品で大江健三郎さんとか(村上春樹と同年代の)故中上健次さんや、筒井康隆さんなど、色々な作家さんに影響を与えた偉大な作家さんです。本の題名自体はいろんな所で使われているので、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかと思います。焼酎の名前にもなってるしw
いろんな小説の設定や、構造の下敷きになっている部分があるようですね。中上さんの枯木灘はそっくり構造を真似して、中身を入れ替えたものだ、なんていう評論もあるみたいだし、村上春樹さんの短編小説に出てくる十二滝町の歴史はそっくり下記のマコンドを真似したものだとか。

内容は、架空の都市マコンドを創設した「ブエンディア家」の百年の栄枯盛衰を描いたものなんですが、圧巻でした。続きが気になって、今日で300ページくらい読み続けてしまった。確かにこの小説をモチーフに小説を書きたくなる気持ちがわかります。時代を追って一家の歴史を辿っていくので、名前がごっちゃになりやすいんですが(同じ名前がおおい)、それを克服してあまりある展開があります。
@すごく魅力があるブエンディア家の人たち
ブエンディア家の人たちはみんなそれぞれ似た所があります。同じ血を引いているし、名前も同じなので宿命付けられている、という設定が大きい。その中でも自分が特に惹かれたのが、32回反乱を起こしその都度敗北、14回の暗殺と73回の待ち伏せ、1回の銃殺刑を全て逃れたアウレリャノ・ブエンディア大佐と、全員が額に灰色の十字架がある17人の息子たちがとても印象的でした。あとはウルスラに代表される一族の女たち。かなりキャラ濃い。
A伏線は回収
出てきた人物、出来事はほとんど回収されます。突然新しい人物が出てきては消え、また出てきて、という具合に最終的にはその最後が語られます。そのやり方が、超自然的な要素を含んでいることもありますが、毎回意表をつくので読んでても早く次を読みたくなります。その意味ではジョン・アーヴィングみたいです。

うーん・・・とにかく大作なので、読み終わったばかりだとあんまり感想書けません。論文書こうと思えばいくらでも書けそうなくらい濃い内容です。あと、冒頭にも書きましたが、この小説を下敷きにしていて、知っている人ならばニヤリとするような設定とか筋書きの小説もすごく多い。面白いし、もっと早く読むべきだったと思います。

あのフランツ・カフカと同年代で親交も持っていたようですね。世界って広いようで狭い。
百年の孤独.jpg
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2009年06月13日

V FOR VENDETTA。

久しぶりに面白い映画を見た。V FOR VENDETTA(Vフォーヴェンデッタ)。

2005年に作られたアメリカ・イギリス・ドイツ合作の映画。
〜あらすじ〜
第三次世界大戦後、かつてのアメリカ合衆国が滅亡し、独裁者アダム・サトラーにより全体主義国家と化した英国。
11月4日の夜、国営放送BTNに勤務する女性イヴィー・ハモンドは、やむを得ない事情で夜間外出禁止令の外出禁止時刻に外出する。だが案の定、秘密警察ザ・フィンガーの警察官(フィンガーマン)に発見され強姦されそうになる。そこにガイ・フォークスの仮面を被る謎の男“V”が現れ、3人のフィンガーマンを殺して、イヴィーを救ったのだった。彼女はこの奇妙な男と徐々に関わりを持つようになる。
だが、Vは自分を怪物に変えた者達に血の報いを与えようとする復讐鬼であり、さらには現在の全体主義体制の転覆をも企むテロリストだった。手始めにVは、11月5日午前零時に、オールドベイリーを爆破したのだった。その日の午後には、ロンドンにある国営放送BTNの放送局をのっとり、全国放送で、国の圧制を糾弾し、市民に国会議事堂の前に、次の11月5日に集結するよう呼びかけたのだった。(Wikiより)


すごいありきたりな筋に見えますね。でも(個人的に)色々面白いところがある。
例えば、独裁者が会議をするシーンですね。会議といっても参加者は少なく、なんと言っても独裁者本人はスクリーン、大きなスクリーンを通して会議に参加しています。そして、国民を暴力と思想と経済を通して押しつぶそうとする訳です。このスクリーンを通して、というシーンが印象に残ったのは、先日ブログに書いた「1Q84年」が関係しています。

そもそも1Q84年、というタイトルの小説、前にもあるんですよね。本編にもありますが、ジョージ・オーウェルの「1984年」という小説。これは当然村上春樹さんのより前に書かれたものです。1949年。これはスターリン体制下のソヴィエトを批判するべく書かれたもので、1984年という近未来を描いています。
その中では人々は誰もが、規律よく生活し、言論の自由も集会の自由もなく、日記を書くことすら許されず、過去を全面的に嘘で塗り固め、一日中監視、盗聴の元での生活を余儀なくされています。完璧な統制により、人々は反抗することを考えることすらコントロールされ、統制を少しでも乱したものは逮捕され、徹底的に強制された後殺されます。
他にも色々とあるんですが、とにかく、その小説の中では家や通り、仕事場など、至る所に「テレスクリーン」というものがあります。その機械が監視、盗聴、マスコミによる情報提供を司るんですが、そこに独裁者の顔が出てくることがあります。「ビッグブラザー」という独裁者ですが、この人はその時点で生きているか死んでいるかわからず、「顔」だけしか露出しません。それも常にスクリーンを通して。あとは「一分間憎悪」に出てくる反体制者もスクリーンを通してでしたね。

この映画の監督も「1984年」に影響されたのかな、と思いました。独裁、弾圧など、設定に共通点も多いし。
あとは言葉遊びですね。僕はあんまり耳が良くないので英語が聞こえないのですが、冒頭の部分、主人公のV(ヴイ)が出てきた時、長いセンテンスを(たぶん)頭文字がVで始まる単語だけを使ってしゃべっていたようです。字幕はまったく関係ないみたいでしたがw

他にも「政治家はウソを語るが、作家はウソを通して真実を語る」なんてことも言ってました。うん。素晴らしい。あと「理念」の話とかね。
話としてもすごい面白いし、映像としてもすごくおおがかりでおぉ!!と思うシーンがたくさんありました。最後のあの民衆のシーンはすごかったし、花火もきれいだった。

おすすめです。V FOR VENDETTA。
posted by okokokok at 02:25| ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

1Q84年。

そういえば、読みました。村上春樹の新作「1Q84年」。実は発売日当日に買って読んでたんですが、なんかミーハーっぽいのでやめましたw

村上さんの作品はとても好きで、だいたい読みました。本も結構持ってて卒論のテーマもねじまき鳥にしたんです。すごいまとめるの難しそうですこし不安だけれど、がんばります。

さて、1Q84年ですが、最初に読み終わった印象としてはこれまでの海辺のカフカとかねじまき鳥に比べるとあんまり面白くないような気がしました。その二つは村上作品と出会ってまだ日が浅い頃に読んだので(こんな小説があるのか!と感動しました。)、比べるのも無粋かも知れませんが、あれですね、次の作品に向けての準備なのかなという気がしました。ホップの段階ですね。これからまた短編をいっぱい書いてステップ、そして次で大きくジャンプ。
即日完売、重版待ちで96万部突破というような社会現象になっているようですが、手放したくなる小説、ではなかったです。もちろん十分に面白かったけれど。あくまで個人的な感想ですが。

読み終わって1週間ほど経ちましたが、何個か気づく点がありました。こまい所は書きませんが・・・
@「さきがけ」と「オウム」の共通点
村上さんは1997年、1998年とオウムに関しての取材をし、ノンフィクション本としてまとめています。それを読んでみると、さきがけのイメージはオウムから得ているように思えます。もちろんオウムはコミュニズムを掲げた団体ではありませんが、発展していく過程、リーダーの人物に共通する事項などは類似していると思います。
A社会とオウム、物語と物語
ノンフィクション本「アンダーグラウンド」「約束された場所で」で、村上さんはこうおっしゃっています。
「オウムの物語に対抗する(社会の)物語の不在」
現代の高度資本主義社会、物質主義社会には多くの人が順応し、社会人として社会のシステムに望もうが望むまいが組み込まれていますが、その一方でそのような社会になじめない人が出てきます。物質主義になじめず困っている人、生きる意味をこの社会の中で見つけられない人など、「根本的な問題」を抱える人たちもやはり少数派ですが、います。そのような人たちの受け皿、「社会の安全ネット」のようなものがない、と村上さんは言います。その「安全ネット」がないので、そういった人々はオウム(教祖)の持つ「物語」の力に魅かれていきます。そしてそれがエスカレートしていってあの事件が起きた。
つまり、このまま社会が変わらなければ、オウムの物語に対抗する物語(安全ネット)を社会が持たなければ再びオウムのような団体は出てくるだろうし、また事件は起きるだろう、ということでしょう。
この関係は1Q84年の世界にもそのまま当てはまります。高度資本主義社会に対しての「さきがけ」の物語とその社会の物語としての「空気さなぎ」。単純な図式で捉えるとこうなるのではないでしょうか。

と、二点だけ挙げました。そう考えて読み直すともっと深い視座が得られるような気がします。もっと突き詰めていって、どこかで発表したいなと思わせられる小説です。
あとねじまきにも出てきた牛河が出てきたのはびっくりでした。相変わらず社会の色々な汚い面を体現している感じが印象的です。


こんな感じの読書感想文でした。どなたか読みたい方、貸します。
posted by okokokok at 00:50| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月27日

映画鑑賞感想文。

何日か前、実写版ドラゴンボールを見に行きました。

事前にサークルを見に行き、にしま○に真剣な話をしてから、電車に揺られること30分。横浜にて女の子とは見に行けないから、という理由で高校時代の同級生と見に行ったのです。

内容はなんとも言えません。色々感想はありますが、あれは見なければわかりません。でもあのかめはめ波の動きはなかなか忘れられません。あとピッコロのえぐさ。とにかくえぐいです。なめっく星には絶対行きたくありません。

それにしてもアメリカ人がドラゴンボールをこういうふうに捉えてるのかと思うとだいぶショックですね。アメリカ人は日本人より表現が激しい(過剰)というのはよく聞きますが、そのレベルじゃない。同じ教室で同じ授業受けてるのに、こっちの教科書は公民、あっちの教科書は保健といった感じ。完全に原作が違うとしか思えません。

でも確かにevolutionはしてます。おすすめ。・・・・他にも色々観たいのあったんだけどなぁ、と見終わってから思わせてくれる映画でした。


あ〜どうでもいいこと書いちゃった。
posted by okokokok at 19:46| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | book&movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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